教空龍藝堯雲(きょうくうりゅうげいぎょううん)上人/各種ご案内の詳細ページ/重蔵山 養國寺

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教空龍藝堯雲(きょうくうりゅうげいぎょううん)上人


≪法蔵寺/菩提院 開山≫

播州の人、貞治元年(1362)生まる。 幼くして同国五個荘、瀧口円福寺教神上人に師事し、顕密雙照内外の典籍に通ず。 錫を転じて円福寺五世善偉上人の弟子となる。

後小松天皇 至徳二年(1385)の春一夜、観音菩薩の瑞夢に感じ、師に願い出て円福寺の所化五十余人を率いて三州額田之郡山中郷に来たりて勅願道場出生寺を改め法蔵寺とし、浄土真宗(当時深草派こそが浄土の真の宗と言う意味のこの宗名を名乗る事を許されていました。)深草壇林を開設する。 法跡を弟子の暢光照雲に継承し自ら鉢地山麓に一宇を建立菩提院と称して此処に隠栖する。

 


 

 

永享11年(1439)8月7日 78歳にて遷化。 他界に先立ち法蔵寺と菩提院の鐘の音が朝夕聞こえる処で荼毘に付し葬るように遺言を残され、従って龍藝上人の墓は現在も菩提院と宝蔵寺の中間に当たる鉢地町開山と云う地名の残る所、鉢地と蒲郡を結ぶ県道の東側に建てられている。 [歴代上人略表]

 


 

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